DAY BY DAY 2
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回想


高校時代の友だちからのメールで、過去への扉が少しだけ開いた。

ほんとうは、あまり思い出したくない高校時代。
わたしは、高校時代の自分が好きではない。
というより、前にも書いた気がするが、わたしは自分があまり好きではない。
昔より今の方が少しはましだけれど
それでも、友だちにしたいかと訊かれたら、Noだ。
だけど、いくら友だちになりたくないといっても、
相手は自分なので、さようならするわけにもいかず
一生付き合わなくてはならないから困る。


7月に高校時代の友だちがひとり上京するから、プチ同級会をやろうと友だちが言う。
その友だちにわたしのことを話したら、懐かしいと言ったから、と。

ありがとう。喜んで。

でもその友だちとの共通の思い出はたぶんあまりない。
わたしは、自分が関心のあることしか目に入らない
我が儘な奴だったから。
(ん? 今も同じか・・・)

はるか彼方になってしまった高校時代。
思い出せば後悔だらけだ。

わたしは自分なりに一生懸命だったけど
自分本位すぎたし、視野が狭すぎたし、
わたしの一生懸命は的がはずれていた。
(よく言われるように、若さは残酷だ。だからこそできることもあるのだろうけど)


昔に戻りたいとは思わない。

わたしは、高校時代や青春時代がはるか彼方になってしまったことに
感謝している。


***


人は他者を通して自分を見るものだから、
高校時代の友だちとの思い出は放課後一緒に帰った時のことくらい
なんていうわたしは、高校時代の自分の姿を思い描けず、
プチ同級会に行っても、昔のわたしに戻ることなんてできないけれど、
もしかしたら、あの頃のわたしと今のわたしと
それほど変わっていないかもしれないなぁ
と思ったりしている。

いくら歳をとっても、内面はそんなに変わるものじゃない。
歳をとればとるほど人は
自分の外見と内面とのギャップに戸惑うことが多くなるのだ。











tweet comments(2) atsuko
やっぱり男脳のわたし
もしかしたら、(女性の)みんなは、自分のことを話すのに苦労することはないから、
つまりごく自然に自分や家族のことを(愚痴も含めて)話せるし、話したいから、
他の人もそうだと思っているのかもしれない。
だから質問をしたりもしないのだろう。
そう考えると、いろいろ辻褄が合うみたい。

だけど、今頃こんなことを考えているわたしは何十年も遅れているような・・・。


***


念のため、ちょっと訊いてみた。
「しゃべりすぎて後悔することない?」

「ないよ!」

即答だった。

わたしは、ある、結構、ある。


***


話したいことはあまりない。ほんのわずかの、話したいことは書いている。それで間に合っている。


と書いたのを、ある友だちが読んだら意外な顔をするだろう。
自分と話すときは、いつもよくしゃべるじゃない、と。

それはほんとに例外的なことなのだけど。

そういえば、最近会ってないな・・・。










tweet comments(0) atsuko
人の話は聴いてない?

先日、同世代数人とランチをしたとき、
ある人が言った。

「誰も人の話なんて聴いてないわよ」

そうね、おしゃべり好きな人は自分で話すのに夢中で、
人の話を聴いてないことが多いかも。
でも、話すのが好きな人の話を聴くのは面白い。

そう思って頷いていたら、別の人が言った。

「そうそう。でも、しゃべらない(で黙っている)人だって、聴いてないよ」

?!

そうなのね? つまり、ここにいる人たちも、そうなの? 

考えていたら、なんだか、しゃべる気がなくなってしまって、
その後は、みんながしゃべるのをひたすら聴いていた。


わかっていたはずのことなのに、
なんだか、とてもショックだった。





tweet comments(0) atsuko
省エネ

通販といえば、最近アマゾンで綿入りはんてんを買った。
夫は若い頃からはんてんを愛用しているけれど、
わたしは動きにくいので買ったことがなかった。
でも、今年は例年より寒いうえに、
ファンヒーターをつけていると、長男がすぐに消したがる。
東京は韓国に比べたら暖かいし、灯油、いくらか知ってる? というのだ。
(もちろん知っている。買っているのはわたしだから)
で、夫がいない日中は、暖房はホットカーペットで我慢している。
晴れた日はそれでも何とかしのげるけれど、
曇りの日や北風の強い日は重ね着をしたり夫のはんてんを借りたり。
それではんてんが暖かいことに改めて気づいた。
そしたら自分のが欲しくなった。
いつも着るものだから、柄の気に入ったのを買うことにした。
選んだのはこちらの「竹に小菊×黒」。
先週届いたばかりだけれど、とても暖かい。
これを着ていると、ちょっとストーブをつけているとすぐ暑くなる。
(寒いのに身体が慣れてきたからかもしれないけれど)
昔の人の知恵ってすごいなぁ。
これなら、もっと早く買えばよかった。

でも、今どき、はんてんを愛用している人って珍しい?






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雪の道から
一昨日は、なんでも(東京では)7年ぶりの大雪だったとか。
でも、このくらいの雪なら、昨年だって2回以上降ってる気がする。

「都心で、ということだよ」

ああ、そうか。
なんでも「都心」が問題なのね。



雪の道を歩くのは楽しい。
長靴を出して、意気揚々と仕事に出かける。
雪の降ったあとはいつもと同じ道が違って見えてちょっと新鮮。

ふと足元を見ると、長靴が大分くたびれている。
確か、買ったのは10年以上前。
そろそろ新調する時期かしら。

買物に出かけるゆとりはないし、
近場に可愛い長靴は売っていないと思うので、
アマゾンと楽天市場を行ったり来たり。
これはと思ったブラウンのを注文すると、
時間差で売り切れました、とメールが届く。
一瞬、同じデザインのベージュのに決めかけたけれど、
思い直して赤い短長靴を注文する。
雪の日や雨の日に元気が出る気がして。

昔から通販は好き。
以前はカタログをあれこれ見て注文していたけれど、今はほとんどネットですませる。
人込みが嫌いなわたしには、とても良いツール。
最近はよくCDを買っている。海外のものが安く買えるのはありがたい。

昔では想像もできないほど便利な世の中になったけれど、
「これで良いのかしら?」と思うこともある。
買物も、対面でなく、機械でするって、どうよ?

将来は、お店に行かなくても何でも手に入る時代になるのだろうか。
つまり、他の人の顔を見たりしゃべったりしないで毎日を過ごす人が増えるのだろうか。

人の間で生きるのが人間だとするなら、
だんだん人が人間でなくなる?

考えすぎ、かな。




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まだまだこれから
お正月が終わり、テレビ漬けの毎日が終わって、ほっとしている。
やっとテレビから解放され、好きな音楽が流せる!
テレビもそれなりに面白いのだけど、ついているとつい目が行ってしまい、
仕事がはかどらない、時間が経つのが速い、落ち着かない。

でも、わたしひとりだったら、こんな性格だ、いま以上に世の中から取り残されてしまうだろう。
だから、家族がいるのは有り難いと思っている。
有り難いといえば、ヘルパーという仕事は、わたしの健康維持のためにも役立っている気がする。
ヘルパーをしていなかったら、毎日出かけることもなく、運動不足になっていただろうから。
(移動時間はお金にはならないけれど、自分の健康のためと思えば腹も立たない)

差出人が自分ひとりの年賀状は思い切って減らすつもりでいた。最初に書いたのは11枚。
でもしばらくして思い直し、絶対返事を書かなくてはならなくなる(だろう)人を追加し、
年賀状だけでも繋がっていたい人を更に追加した。
絵手紙仲間とペンパル用の年賀状は別に作った。
結局、返信も含めると、50枚以上は出したと思う。
やっぱり、年賀状って減らせないのね・・・。


元旦から長男は韓国に遊びに行き、代わりに次男が泊まりに来た。
2枚年賀状を出さないくちゃならないところがあるというので
道具をあれこれ渡したら、テレビを観ながら何時間もかけて
カラフルな手書きの年賀状を作った。
凝り性な所がわたしゆずり?

性格は次男がいちばんわたしに似ているかもしれないけれど、
わたしの短所は長男や末っ子に受け継がれている気がして
見ていてうんざりすることがある。
でも短所は裏を返せば長所にもなるのだから、
時間をかけて学習してちょうだいな。
わたしだって、やっとここまできたのだから。
え? 時間をかけてもその程度? とは言わないで。
わたしだって、まだまだこれから。




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あっという間に

もうすぐ98になるYさんは言われる。「50年なんてあっという間」

「気がついたらこの歳になっていたのよ」と89歳のSさん。


それを聞きながら思っている。
じゃあ、わたしもあっという間におばあさんになっちゃうのね。

でも、子どもたちが小さかった頃(20数年前)ははるか昔のことのように思える。
生まれてからこれまで、一瞬だった気もするけれど。

時間というのは不思議なもの。

***


お年寄りから昔話を聴くのが好き。
だけど、わたしはたぶん、おばあさんになっても思い出話はしない。
今だって、人に話したいような思い出話は何もないから。
だからといって、不幸なわけではない。
その時々の楽しみを探して生きている。
人に話せるような楽しみではないけれど
(話そうとしたことはある。でも、共感を得られないのでやめてしまった)
わたしにとってはそれで十分なのだ。

もしかしたら、写真や絵なら少しは伝わるかしら、わたしの感動が。
それがブログを書く理由、手紙を書く理由。











tweet comments(2) atsuko
カラス

買い物をして自転車で帰ろうとした時のこと。
スーパーの物置の屋根にカラスがいるのに気づいた。
カラスはカップヌードルを抱え、くちばしで器用にふたを開け、麺を取り出した。
自転車置き場の自転車に目をやると、
何台かのかごに、スーパーの袋が入っている。
カラスはそこからカップヌードルを取り出したのだろう。
他の店で買ったものを置きっぱなしにして買い物をしている間に
カラスに何かをとられたとしても、カラスは責められない。
カラスは生きるために餌を漁っているだけなのだから。
そういえば、先週そのスーパーで買い物をして帰ろうと思ったら、
わたしの自転車のかごに、ジャガイモやニンジンの入った袋が入れられていた。
そばにいた婦人に「これ、違いますか?」と尋ねたら、
「? カラスじゃない?」と言われた。
まさか。
誰かがわたしのかごを荷物置き場にしたのだろう。
そう思って、その袋はスーパーの店員さんに渡しておいた。
あの荷物は持ち主に戻っただろうか。



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取り戻したいもの
取り戻したいのは、放射能に怯えずに生きられた頃。
産地など気にせずに買い物ができ、
放射能のことなど考えずにどこにでも旅行に行けた、3.11以前の社会。

けれど、それを取り戻すことはできない。

だとしたら、せめて、怖いものを怖いと認められる社会、
子どもたちを少しでも汚染から守ることのできる社会を手にできたら。

「取り戻したいもの」の、なんという隔たり。 

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